じっくりわかる「特許」

開発中の製品が他社特許に触れているかも?
設計レビュー中に「それ、他社の特許に引っかかってるかも」と知財部から言われたら、あなたならどうしますか?
実は、製造業エンジニアの現場ではこうした状況、意外と“あるある”です。
製品の構造や動作が他社の特許に抵触していると、最悪の場合は製品の販売中止、損害賠償、さらには訴訟に発展することも……。
でも実は、そうしたリスクを未然に防ぐ方法があります。
それが「特許回避設計」と呼ばれる戦略です。
この記事では、特許初心者の製造業エンジニアに向けて、実務で役立つ「特許を回避する設計の考え方」をやさしく解説します。
明日からの設計判断に活かせる実践的な視点がきっと見つかるはずです。
特許回避設計とは?
特許回避設計とは、他社の特許権を侵害しないように、製品の構造や設計を工夫することです。
特許はざっくり言えば「技術の使い方に対する権利」。
だから、その“使い方の範囲”を避けて設計すれば、同じ目的を達成する製品でも、問題なくリリースできます。
たとえば、スマートフォンの「スワイプしてロック解除」という機能。
Appleは、画面上を横にスライドしてロックを解除するUIに関する特許(いわゆる「Slide to Unlock」)を取得していました。
一方、他のスマートフォンメーカーはどうしたかというと、
スワイプの方向を変えたり、スワイプ中に表示されるアニメーションを変えたり、
あるいは画面をタップするだけで解除する方法にしたりと、似たような操作感を、異なる構成で実現しました。
つまり「画面のロックを解除する」という目的は同じでも、
「どういう操作でそれを実現するか」が違えば、特許を回避できる場合があるということです。
これがまさに、特許回避設計の考え方そのもの。
イメージとしては、他人の陣地に仕掛けられた“地雷(=特許)”を踏まないように、ルートを少しずらして目的地に向かう感じです。
特許を“避ける”ってどういうこと?
他社の特許に触れるかどうかは、特許文書の中でもとくに「請求項(せいきゅうこう)」と呼ばれる部分を見て判断します。 請求項とは、その特許が「どこまでの範囲を権利として主張しているか」が書かれた、いわば“特許の本体”です。
簡単に言うと、「この技術の、この組み合わせがウチの権利です」と宣言している部分です。 だから特許を回避するには、その請求項の構成をよく見て、自社の製品が同じ構成になっていないかを確認する必要があります。
ここで覚えておきたい超重要なルールがこれ:
請求項に書かれている構成が全部揃っていないと、侵害にはならない。
つまり、仮に特許の請求項が「A+B+C」となっていたとして、 自社の製品が「A+B+C’」や「A+B」だったら、その特許とは違うものという扱いになる可能性があるわけです。
逆に言えば、「全部揃ってたらアウト」「1つでも違えばセーフになる可能性がある」。 このルールを踏まえると、製品開発のときに「どこかをどう変えれば避けられるか?」という発想が非常に重要になってきます。
たとえば、、、
Slide to Unlock の請求項を“部品リスト”として分解すると?
「請求項に含まれる構成要素を見て侵害かどうかを判断する」という考え方を、ここで具体例として見てみましょう。
請求項は一文でズラ〜っと書かれているけど、 実際は「どんな構成を持つ技術か?」を細かく指定しているもの。 だから、こうやって部品ごとに分解して見ると、何を避ければいいのかが見えてきます。
Appleの「Slide to Unlock」特許(US 8,046,721 B2)請求項1(要約)の構成要素分解
記号 | 内容 |
---|---|
A | 携帯型電子機器であること |
B | タッチスクリーンを備えていること |
C | ロック解除画像に対応した“接触”を検出すること |
D | 接触に応じてロック解除画像を“移動”させること |
E | 画像が所定のロック解除領域に到達したらロック解除されること |
この5つの条件すべてを満たしていると「この特許と同じ構成だ」と見なされる可能性が高くなります。
たとえば:
- 画像を移動させずにタップで解除する(Dがない)
- 解除領域という概念が存在しない(Eがない)
など、何かひとつ違えば、非侵害と判断される余地があります。
このように、請求項を分解してチェックすることが、特許回避設計の第一歩です。
実務で使える!回避設計の考え方
ここまでで、「特許を避ける」とはどういうことか、そしてその判断の軸となる「請求項」の読み方を見てきました。
では実際に、製品を設計する中で、どうやって特許を避ける工夫をしていけばいいのでしょうか?
現場でよく行われているのは、**製品をブロックごとに分けて考え、他社特許と重なりそうな部分だけをうまく“ずらす”**という発想です。
たとえばこんなイメージです
A+B+C+D+E+F+G+H+I+J+K+L+M+N
という製品を作ろうとしたとき、
- A+B+C の技術に特許がある → Cを C’ に置き換える
- L+M+N の技術に特許がある → Mを m’ に変えて回避する
全体としては似た製品でも、要所要所の構成を変えることで、特許の“地雷”を避けて通ることができるのです。
よくある回避設計のパターン
ここでは、現場でよく使われる“特許を避ける設計テクニック”をいくつか紹介します👇
① 構成要素の削除
→ 特許請求項に書かれている機能のうち、不要なものを思い切って削る。
(例:「A+B+C」なら、Cを無くして「A+B」の構成にする)
② 代替手段への置き換え
→ 同じ効果を、別の方法・構成で実現する。
(例:機械式スイッチ→静電容量式センサなど)
③ 手順や構造の順序変更
→ 処理の流れや接続順などを入れ替える。
(例:処理A→B→C を C→A→B にする)
④ 中間要素の追加
→ 特許が「AとBが直接つながっている」場合、あえてCを挟んで「A-C-B」とする
⑤ 数値・パラメータのずらし
→ 特許に「Xは100〜200の範囲」とあれば、50や250のように範囲外で工夫する
これらの方法は、単なるテクニックではなく、設計そのものを知財戦略に組み込むという発想です。
回避しながら、むしろ独自性を高めて自社特許にすることも可能になります。
実際の設計と連携して考える
特許回避設計は、単なるアイデアの工夫ではなく、**製品開発そのものに直結する「戦略的な設計判断」**です。
現場では、次のような流れで特許リスクを意識しながら設計が進められることがあります。
開発現場でのよくある流れ
- 「競合製品に似たものを作りたい」という企画が立ち上がる
- ベンチマーク製品の分析が行われ、「この部分は真似したいな」となる
- 知財部または技術者自身が、関連する特許を調査
- 「A+B+C」に関する特許があると分かる
- 「CをC’に置き換えてできないか?」という設計検討が始まる
このとき大事なのは、「どこを変えれば“違う構成”になるか?」という視点を設計者自身が持つこと。
知財部だけに任せるのではなく、エンジニア自身が“地雷の位置”を意識してルートを引くように考えるのが理想です。
開発スピードと特許リスクはトレードオフ?
ときには、「回避しようとするとコストが上がる」「性能が落ちる」などの問題も出てきます。
だからこそ、特許リスクをどの程度許容するか、どう設計とバランスを取るかをチームで判断することも大切です。
ポイントは「早めに気づく」こと
設計が固まってから特許リスクに気づくと、手戻りが大きくなります。
だからこそ、企画や仕様段階の早いタイミングで「この機能、誰か特許持ってそう?」と一度立ち止まる習慣が、後々のダメージを減らします。
まとめ:目的は同じでも、手段を変えれば進める
ここまで見てきたように、「特許回避設計」は、他社の特許に触れずに目的を達成するための戦略的な設計アプローチです。
- 特許とは、「技術の使い方」に対する権利
- 請求項に書かれた構成がすべて揃っていなければ、基本的には非侵害
- 設計の工夫次第で、同じ目的でも別の手段でたどり着くことができる
特許回避は、ただの「真似を避けるテクニック」ではありません。
むしろ、既存技術と差別化しながら、独自性を高めるチャンスにもなります。
明日からできる小さな一歩
「この機能、どこまでがオリジナル?」と自問する
- 設計中に「全部が似てる必要はない」ことを意識する
- 気になったら、特許の請求項を“構成要素リスト”として読んでみる
アイデアをあきらめる前に、「どうすれば違いを出せるか?」という視点を持ってみてください。
それが、開発を止めずに前に進めるカギになります。